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zoom RSS 若い頃のいっし〜の苦労なんて田村さんの比ぢゃないね。

<<   作成日時 : 2008/10/21 20:53   >>

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昨日の話の続きです。

ちなみに、ラジオに採用されたらしいという内容なのですが
テーマは「若い頃の自慢話・苦労話」。…だったような気がする。
(昨日と微妙にちがくね? )

ま、いっか〜

---------------------------------------

いっし〜のおばーちゃんは、
いっし〜が物心つくより昔っから牛乳配達をしていました。

その頃はまだ、近くにスーパーとかもなくて、
田舎だったし、車とか持っている人も
今ほどたくさんではなくて、

買い物も農協(今でいうAコープ?)が赤いマイクロバスに商品つんで毎週水曜日の午前中にやってくる。

そんなカンジの田舎でした。

牛乳配達といっても
今のような「白バラ乳業」とか「明治乳業」とかのような
ハイカラな宅配システムと同じようなカンジだと認識してもらっていいです。
前身を行ってたね。スゴイね。

そんな感じの牛乳配達です。

いっし〜は三人きょうだいの真ん中なのですが、(姉ちゃん・いっし〜・弟です)

あたしたちは幼稚園に上がると
「おばあちゃんの手伝いで牛乳配達をする。」
というシステム(?)が暗黙の了解で確率(?)していました。

下の弟が幼稚園になった頃にはすっかり
きょうだい三人だけで30件ほどの家の牛乳を配達していました。

夏は気温が高く、牛乳も腐りやすいので
朝早くに起きて配ります。

瓶の牛乳だったので、カラになった瓶の回収もします。

洗わないで、出された瓶の中にわずかに
残った牛乳に ウジがわいてたりすることもあります。

冬は雪が降る日も寒い日も毎日学校へ行く前に
牛乳を配っていました。

田舎だったのでサルの軍団が近くに来てたりして
めちゃめちゃビビりながら 配達したこともあります。
(サルに襲われた時の対処法をおとーさんが教えてくれたのだけど、
代わってくれたりとかはしなかったね・・。
それでも行かされたもんな〜。オニだな。(笑))

牛乳だけでなく、家によってはヤクルトを取っている家もあるので、ヤクルトなんかも一緒に配達しちゃいます。
(小学生ですでにヤクルトレディもやってのけちゃってるよ。あたしら(笑)

日曜日は配達はお休みでしたが、
土曜日に2日分、2倍の牛乳 & ヤクルトを配達します。
めちゃめちゃ重かったなぁ・・・。

…今から考えたら、スゴイな、あたしって(笑)
あ、ねーちゃんゴメン。
あたしらだな。
なんて自我自賛(笑)


手をすべらして、牛乳瓶を割ってしまって
泣きながらその家のおばちゃんに謝った事もあります
(だいたい・というかほとんどというか、全部、おばちゃんは親切で許してくれました
弁償とか言われた事もありませんでした)


ってか
こんな頃から割ってたんだな、あたし(笑)



中学生になると、部活の朝練とか
朝の小テストとか
なんやかんや、イロイロあるので
「中学にあがると、牛乳配達は免除。」
という暗黙の了解もいつの間にか確立していて、

残った きょうだいが手分けして配達していました。

そして きょうだいが順番に中学に入って牛乳配達が免除になったかと思えば
今度は高校生になった姉がまた牛乳配達を再開する。

といったよ〜なカンジでずっとやってきていたのですが、

牛乳配達したお金はどうなっているの?

ということに高校生になるまで気がついていませんでした。

イヤ、きょうだいの中で気がついてなかったのは
いっし〜だけだったのかも知れませんが(笑)←バカだったのかも…

あるがままのすべてを受け入れる オンナ。それがいっし〜。なんちて。

もちろん、牛乳代の集金も自分たちで していたのですが、

なんとなく、全部牛・乳・代だと思っていて、
ソコに配達料金というものが発生しているということに
気がついていなかったのですね

集金は自分たちでしていましたが、集計とかは母がやっていたような・・・。
ん?おばーちゃんだったかな??

そんで高校生になって牛乳配達を再開したときに初めて
配達料金とやらを、自分のお小遣いとしてもらえるようになったのです。

そのお小遣いシステムも自分が高校生になるまで知らなかった…。

高校生になったねーちゃんがもらっている事を知らなかった・・・。

一人で全部配達すると
月にして8千円〜1万円くらいはあったと思います。
高校生のお小遣いとしては破格です。

でも自分で稼いだお金だからこそ、無駄遣いとかはしませんでした。

その頃のいっし〜は預貯金の金額の数字が増えていくのが何よりの楽しみでした。

ってか、いっし〜は 単に貧乏性なだけだったのですが

ってか、守銭奴と呼ばれてた時代もあった…。

ところで

いまだに

あたしたち きょうだい三人が、幼稚園から小学校をあがるまでの数年間の配達料金はどうなったのかを親に聞けずにいます(笑)

・・・まぁ?

自分の子供が生まれてからの数年間、親戚からいただいた「お年玉」を 生活費として使い込んできたいっし〜。(←みんな貧乏がわるいのよっ)

その親だから、だいたいの想像はつきますが・・・・

-----------------------------------------

とまぁ,
こんな内容をラジオに送りました。

原文のままではなくて、ブログ用にちょっとわかりやすく言葉を付け足したりしていますが。

あ〜★ラジオ局からの電話ってナンだったんだろう??

ちなみにすぐにかけなおしたのだけど、ずっと話中でなかなかつながらなくて

結局、
「なんかくれるんだったんならそのうちに送ってきてくれるだろう

という結論に至っております。

できたら換金性の高いモノがいいな♪
スペシャルウィークらしいので
フンパツしてくれたら うれしい(笑)

こんなネタで泣けるか〜〜〜っ
( ̄皿 ̄;;

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
いっし〜 すごい!!
すごく良い話で胸がホカホカしました
私も今思うと お手伝いいっぱいしてたけど
嫌なときもあったけど自然にしていたなぁって思います。
でも牛乳配って集金してって感心です
みいな
2008/10/21 21:27
あはは・・・とうとうそのネタを出してしまいましたかそうなんですよねぇ〜あのお金はどこに行ってしまったのでしょうか?今更ながら疑問です・・・小学校で集金だけなら何ももらえなくて、高校生で集金&精算までやったら手数料がもらえたんだよね。7千円くらいだったような・・・そういえば小学校の時、子供銀行ってのが月一で学校であったよね?そのお金も結果的にもらってないよね?お年玉もひたすら小さい時からお母さんに「貯金しなさい。貯金しといてあげる」って言われて、お年玉で何か買った記憶はあまりないんだけど???その積み立ててあったはずのお年玉も最終的に返してもらった記憶もない???なぜ???
ねーちゃん
2008/10/22 08:47
おお〜!小学生の頃から家の手伝い!!
比べて僕の子供の頃はと言えば、、
あ〜、、急に忘れたな〜(汗
 
そういえば子供の頃貰った
お年玉ってどこに行ったのか、、
おかんは
「あなたの為に使ったのよ」
な〜んて言ってたけど、、
う〜む、、実感が沸かないのは
まだ僕が人の親になってないからか、、?(笑
ヤス
URL
2008/10/22 11:06
いっし〜さんは小さい頃から良い働き手
だったのですね。 偉いなあ〜。

ラジオ局からの電話は本当に何かの
プレゼントだと良いですね!
とりあえず、とてもよいお話に
ポチです♪
Kaz
URL
2008/10/22 11:26
すごーい
いっし〜さん感心やわ。
ずーっと続けたことは絶対自分の中でプラスになってると思います。
子どもながら、お金のことは親には言い出せないっていうのもすごくわかるなぁ〜。
なかなか自分の子どもにそういうことをやらせるって出来ないんだよね。
親としても忍耐力がいるっていうか・・
素敵な話をありがとう。
で、電話はやっぱり気になるよね。プレゼントだといいのに
・・絵文字が使える!
嬉しくてこんなに使ってしまった(笑)
あこ
2008/10/22 15:04
みいなさん
ありがとう〜〜。
そやね〜。ちっちゃいときって自分の置かれてる環境とかって普通に受け入れちゃってたりするよね。
----------------------
ねーちゃん
見栄はって金額8千円とかってゆってるのに
バラすなや〜
でも四捨五入では8千円やったっしょ?
ちなみに携帯、ヒビはいってたの、直してん〜
いまや、見た目はねーちゃんのよりピカピカよん
------------------------
ヤスさん
間接的に「あなたの為に使ったのよ」なのかもしれませんねぇ。
ってかいずこも同じ…。
ちなみにウチは素直に打ち明けましたよ〜(笑)
「ごめん生活費に使い込んだ。」
この潔さが大切かと…。
いっし〜
2008/10/22 20:18
kazさんへ
ポチありがとうございます。
ウチは兼業農家でもあったので田んぼにも畑にもちょくちょく借り出されてましたね〜。
反抗しようもんなら、両親の鉄拳が容赦なく飛んできてた家庭なので、イヤイヤながらやっていましたが。
------------------------
あこさん
自分の中でプラスになってたのでしょうか??
よくわかりませんわ〜
お金のことは言い出せないのではなくて、
まったく知らなかったのです★
気がつきもしませんでした。
アホな子だったもので(笑)
いっし〜
2008/10/22 20:23

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